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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3466号 判決

原告 石川栄一

右訴訟代理人弁護士 神崎正陳

同 桑本繁

被告 オリエンタルモーター株式会社

右代表者代表取締役 倉石得一

右訴訟代理人弁護士 青山周

同 宮本光雄

主文

被告は原告に対し、八五万五、四〇〇円及びこれに対する昭和五五年八月三〇日以降完済まで年五分の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「被告は原告に対し、一〇八万一、一四〇円及びこれに対する昭和五五年五月七日以降完済まで年六分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言の申立

(被告)

請求棄却・訴訟費用原告負担の判決

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は被告会社の株式九、〇一二株を有する株主である。

二  被告会社は、株主総会の承諾を得て、昭和五四年三月一日から昭和五五年二月二九日までの事業年度における株主に対する配当金を一株当り一五〇円と定めた。

三  従って、原告が受けるべき配当金は一三五万一、八〇〇円から被告会社が源泉徴収義務を負う二七万〇、三六〇円の所得税を差引いた一〇八万一、四四〇円となる。

四  しかるに、被告会社は、他の株主には昭和五五年五月六日に配当金を支払っているのに、原告に対しては右配当金の支払をしない。

五  よって、原告は被告に対し、右配当金一〇八万一、四四〇円及びこれに対する昭和五五年五月七日以降完済まで商法所定年六分の遅延損害金の支払を求める。

(答弁)

請求原因一ないし三は認める。同四のうち、被告会社が原告に対し配当金の支払をしていないことは認めるが、その余は争う。被告会社が他の株主に支払をしたのは昭和五五年八月二九日である。

(被告の抗弁)

一  被告会社は原告に対する左記債権六一万〇、五〇二円を自働債権とし、原告の本訴請求債権を受働債権として、昭和五七年六月二二日の本件第一五回口頭弁論期日において、その対等額をもって相殺する旨の意思表示をした。これにより被告会社が原告に対し負担する債務額は四七万〇、九三八円となった。

二  被告会社の原告に対する六一万〇、五〇二円の債権の内容は次のとおりである。

(一) 車両使用による損害金 五〇万八、五〇〇円

被告会社は専務取締役であった原告に対し被告会社所有のトヨタマークⅡセダン車を役員専用車として無償で貸与していたが、被告会社は昭和五四年五月三一日常務若しくは専務たる役職を解かれたときは役員専用車を返還する旨の内規を制定し、原告もこれに合意したので、原告が専務取締役を解かれ、非常勤取締役となった昭和五四年一一月末日をもって原告は右車両を使用する権原を失った。しかるに、原告は昭和五五年九月一日に返還するまで右車両の使用を継続したため、昭和五四年一二月一日から昭和五五年八月末日までの九か月間被告会社は右車両の使用ができず、この間の使用料相当の損害を被った。

しかるところ、右使用料相当の損害額は、他からこれをリースによって借用した場合のリース料相当額とみるのが合理的であるから、これをもって算出すると、別紙1のとおり、一か月当り五万六、五〇〇円となるから、損害額は合計五〇万八、五〇〇円となる。

(二) ガソリン代 一〇万二、〇〇二円

被告会社は原告に対し、右車両の無償貸与に伴い、その貸与期間中同車両に必要なガソリンを供給することとし、被告会社とガソリンの継続的供給契約をしている百合屋商店をして原告にガソリンを無償で供給していたが、前記のとおり、原告は昭和五四年一一月末日をもって右車両の使用権原を失ったことにより、被告会社の原告に対するガソリンの無償供給義務も消滅したのに、原告はその後も右百合屋商店から別紙2のとおりのガソリンの供給を受け、被告会社をして右百合屋商店に同表記載の金額の支払をさせ、被告会社に同額の負担を負わせ、原告は不当に利益を得た。

(抗弁に対する原告の認否)

抗弁一のうち、被告がその主張の日に相殺の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。同二(一)のうち、被告会社が原告に対しその主張にかかる車両を無償で貸与していたこと、原告が同車両を被告主張の日に被告会社に返還したことは認めるが、その余は否認する。同二(二)のうち、被告会社が昭和五五年四月末頃まで被告主張の商店に原告が使用したガソリン代を支払っていたことは認めるがその余は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告主張の請求原因一ないし三は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告主張の抗弁について判断する。

当事者間に争いのない事実と《証拠省略》によれば、被告会社はかねてから被告会社の取締役各自に対し被告会社所有の乗用車をガソリン等諸費用一切を被告会社の負担として無償貸与しており、原告も被告会社の専務取締役として被告会社所有のトヨタマークⅡセダン車を右と同一条件で無償貸与を受けて使用していたが、原告は専務たる地位を解かれて非常勤取締役となった昭和五四年一二月一日以降も引続き使用し、昭和五五年九月一日に至って同車を被告会社に返還したこと、そして、この間、昭和五五年四月末日まで同車のガソリン代は被告会社において負担していたこと、が認められる。

被告は、被告会社では昭和五四年五月三一日専務、常務といったいわゆる役付を解かれた取締役は役員専用車を返還する旨の内規を制定し、原告もこれを了承した旨主張し、《証拠省略》中にはそれに副う部分も認められるが、《証拠省略》を総合すると、被告主張の役員専用車についての内規というのは、被告会社における一応の取扱い基準として、原則としていわゆる平取締役には被告会社所有の役員専用車を貸与しないこととしたものであって、個々の具体的ケースによってはなお弾力的に運用する余地のあるものであることが認められるとともに、右の取扱い基準が従前のいわゆる役付取締役がいわゆる平取締役になったときに当然役員専用車に関する前記使用貸借契約等が終了するという程のものでもなかったのではないかとの疑いがなお残り(仮に、その内規といわれるものが被告主張のような内容・性質のものであったならば、原告の処遇をめぐって昭和五四年一二月一日以降対立抗争が続いていた原告と被告会社との間において被告会社がその後もかなりの期間原告に役員専用車の返還請求等をしなかったというのもいささか腑に落ちないところでもある。)、この疑いを払拭するに足りる証拠も認められないところからすると、被告の主張に副う《証拠省略》は未だ採用するに足りないといわなければならず、他に被告の主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告会社は昭和五五年四月末日をもって原告につき被告会社の取締役を退任した扱いをし、その頃被告会社の代理人弁護士森田武男を通じて原告に対し右車両の返還を求めていることが認められるので、被告会社と原告との間の役員専用車の前記使用貸借契約は昭和五五年四月末日には終了したものと推認され、従って、原告はその翌日たる昭和五五年五月一日以降は右車両を返還すべき義務があるといわなければならないところ、原告がその後も同年九月一日までその返還をせずに使用していたことは前示のとおりであるから、原告は同期間中被告会社において同車両を使用できなかったことによって被った損害を賠償すべき義務があるといわざるをえない。

しかるところ、右期間中における損害額については、《証拠省略》によれば、一か月当り五万六、五〇〇円を下らないものと認められるので、これを基礎として算出すると、被告会社の損害額は二二万六、〇〇〇円となり、原告は同額の賠償義務がある(なお、被告は、被告会社が支払ったガソリン代についても主張しているが、被告主張のガソリン代は右使用貸借契約の終了前のものであるから、原告に対し請求しうるものと認めることはできない。)

そうすると、被告の主張する反対債権は、右認定の損害賠償債権である二二万六、〇〇〇円の限度においてのみ認めることができるところ、被告が右債権を自働債権とし、原告の本訴請求債権を受働債権として、昭和五七年六月二二日の本件第一五回口頭弁論期日において相殺する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないから、原告の本訴請求債権はその限度において相殺により消滅し、被告は原告に対しなお八五万五、四〇〇円の支払義務があることになる。

三  ところで、株主の会社に対する具体的配当金請求権は株主総会における利益処分案について承認決議が成立したときに発生し、同請求権は、その決議において期限が付されていない限り、期限の定めのないものとして、株主から履行の請求を受けた時から会社は遅滞の責を負うことになる(民四一二条三項)ところ、原告がその主張する頃に被告会社に対し本件配当金の支払請求をしたことの立証はないから、被告の自認する昭和五五年八月二九日の翌日たる同月三〇日以降被告は履行遅滞の責を負うことになり、原告の付帯請求のうち昭和五五年五月七日から同年八月二九日までの部分については理由がないといわなければならず、また、株主の配当請求権は商行為によって生じた債権ではないから民法所定の年五分の割合によるべきであって、原告主張の年六分の割合による請求は理由がないといわなければならない。

四  よって、原告の本訴請求は八五万五、四〇〇円及びこれに対する民法所定年五分の遅延損害金を求める限度において認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 海保寛)

〈以下省略〉

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